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20代の空腹が教えてくれた、世界を感じる魔法

  • 執筆者の写真: A K
    A K
  • 1月15日
  • 読了時間: 4分

更新日:1月16日

―なぜ人はお金で買える「モノ」に満足できなくなってくるのか?―



世界は「ザル」を通り抜ける「水」

私たちは、自分の目に見えるものだけが「現実」だと思いがちです。しかし、それは人間という種が生き残るために最適化された、ごく狭い範囲のフィルター(3次元)に過ぎません。 確かに、人間は目から入った視覚情報を、脳という器官で電気信号として処理し、それを「景色」として感じています。それは一つの事実でしょう。しかし、果たしてこの小さな頭の中にある生体コンピューターが処理していることだけが、この世に存在するすべてなのでしょうか。私は、到底そうは思えません。


宇宙の本質を捉えるなら、私たちは「ザルの中にいる存在」のような気がします。そこにはザルの網目をスルスルと通り抜けていく、脳というフィルターでは捉えきれない広大な「水(高次元)」が常に重なり合って流れている気がしてなりません。



1. 「人間専用のレンズ」という限界

”宇宙人や幽霊なんて存在はいない”という人もいます。しかし、それらは3次元に生きる人間の脳が感じられない存在であるだけで、実際には私たちと同じ場所に重なり合って存在しているのだと思います。 私たちが「何もない」と感じる空間は、本来、多層的な「重なり」でできています。「ここに人間しかいない」と感じるのは、いわば「人間専用のレンズ」を通して投影された、脳が処理可能な映像だけを見ているからです。 同じ場所に、別の周波数を持つ存在や高次元のエネルギーが重なり合って存在していても、私たちの脳というデバイスの仕様によって見えていないだけ。世界は本来、透過し合う多層構造であり、私たちの認識の外側にこそ、真の豊かさが横たわっていると考えたりします。



2. 時間は「未来」から流れてくる

時間は過去から未来へ流れるものではなく、「未来から現在を位置づけるもの」のように感じてきました。認知の視点に立てば、多次元的に重なり合った未来の可能性の中から、私たちが「観測」し、「認知」することで、初めて「今」という現実が確定(収束)している気がします。


引き寄せると言いますが、「過去が原因で今がある」のではなく、「未来という設計図があるから、今が形作られる」。


この逆転の視点が、私たちを古い因果律の呪縛から解放してくれます。




3. 「不自由」が世界の解像度を上げる

私の経験を振り返ると、20代の「何もないけれど頑張っていた頃」が一番楽しかったと感じます。かつては裕福な人やお金持ちに憧れたこともありましたが、今はもうありません。


たとえば私は洋服の仕事に長く携わってきたのですが、今の時代、最短で目的に到達する情報はいくらでもありますし、お金があれば高い服はいくらでも買えます。しかし、それでは「消費」するだけで終わってしまう。お金がなかったからこそ、古着のデザインや歴史を深く調べ、服のデザインの文脈を考察し、どう着こなすか工夫を凝らす。その「回り道」こそが、脳の処理速度を超えて世界を深く味わうための時間を与えてくれたと気付きました。それを感じることが出来ない状態ははたして「豊か」と言えるのでしょうか?


なぜ、お金で買える服に満足できなくなってきたのか。それは、そこに「考察と工夫」というプロセスが欠けているからです。不自由(ザルの網目の細かさ)があったからこそ、それを通り抜けようとする意識の解像度が上がり、人生の楽しみを最大限に引き出すことができたのです。



4. 人生の本質は「結果」ではなく「伸び幅」

夢を現実に変えてしまった後に訪れる虚無感を感じたことがあります。それは、私が3次元的な達成ゲームを卒業し、次の遊び場に立ったサインなのかもしれません。


私の生き方も、「人生を達成する」という目的から、「人生を味わう」という感覚へと変わってきている気がします。


人生の価値は「どこに到達したか(結果)」ではなく、「どれだけ深く味わい、変化したか(伸び幅)」にあります。20代の頃に培った「深く考察し、工夫する力」は、今度は「目に見えない世界の美しさを引き出す力」へと変わっていきます。



5. AI時代の到来と「効率」の罠

現代、AIの進化によって「正解」や「効率的な目標達成」は容易に手に入るようになりました。しかし、効率だけを突き詰めた先に、真の豊かさはない気がします。

極論を言えば、「一番効率のいい生き方は、生まれた瞬間に死ぬこと」になってしまいます。

AIには「回り道」の価値は理解できません。AIはデータを処理できても、ザルを通り抜ける「水の冷たさ」や、一着の服に宿る歴史の手触りを感じて震えることはできないのです。




自由な「水」として生きる


目標という「点」を追いかけるのをやめ、今この瞬間に重なり合っている豊かな層を泳ぐこと。虚無感は、私が結果という重力から解き放たれ、「伸び幅」という名の無限の自由を手に入れた招待状だと意識するようにしています。


AIですべてを最短距離で最適化できる時代だからこそ、この脳のフィルターを超えて「感じる」というプロセスそのものが、これからの時代の真の価値になっていく。 私はそう確信しています。

 
 
 

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