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死ぬこと以外はかすり傷、でも足るは知らず

  • 2023年1月3日
  • 読了時間: 6分

更新日:2025年11月3日

足るを知る豊かさ ― 仙人と学んだ、生きるということ

最近、「仙人」と呼んでいる友と過ごす時間が増えた。物静かな男だが、私に与える影響は大きい。政治、経済、文化、歴史、哲学――どんな話題を振っても即答する。不得意なジャンルなどあるのかと思うほど、知識の深さが半端ない。

彼が次の拠点を見つけるまで、しばらく我が家に滞在していたことがある。朝起きてすぐ、私が質問を投げかけると、そこから2時間ぶっ通しで語り合うことも珍しくなかった。朝8時から全力で持論を展開する私に、真剣に付き合ってくれる仙人。「うーん、今日はやめないか?」と一度も言わない忍耐強さには、心底感心している。くどい私の話にも全くひるまない彼の姿勢は、まさに“大きな器”そのものだ。しかも、彼の語りは本やネットから得た知識ではなく、自ら現地を旅して見聞きした体験に基づいているから面白く、まったく飽きない。

「足るを知る」という豊かさ

そんな仙人から聞いた話の中で、特に印象に残っているのが「足るを知る」という言葉だ。

彼がアジアを旅したとき、発展途上の地域ほど幸福度が低いことを感じたという。だが、物質的には乏しくても、都会から離れるほど笑顔で暮らす人々が多かった。都会では、海外から来る人々と接触する機会が増える。すると、自分を“持たざる者”と感じてしまう。比較によって、初めて自分が「豊かではない」と気づくのだ、と仙人は言った。

老子の言葉に「足るを知る者は富む」とある。つまり、「いまあるものに満足することで、精神的な豊かさを得られる」という教えだ。この言葉を、今の私はようやく心から理解できる気がする。正直に言えば、もはやお金で欲しいものはあまりなくなった。モノを得ても、満足は一瞬で過ぎ去る。むしろ、経験を得た時の方がずっと「豊か」だと感じる。


身近なものを感じる感覚。そこにあるもので十分に「豊かさ」は感じられるはずという気づきがある。自衛隊時の教育の影響もあってか戦後の日本はアメリカに緩く統治されていると感じる。日本社会を消費社会に作り変えた影響で感覚が麻痺している。それは私が旅を頻繁にしていた時期に海外と日本を比較して、人々の感覚に差を感じる部分でもあった。今、自分は多く消費しているがが、逆に「豊か」を感じにくくなっているのではないかと考える様になるきっかけでもあった。

もっと身近に誰にでも感じれる体験でいうと、人は枯渇のあとに潤いを知る。病み上がりに食べたおかゆ半分と味噌汁が、あんなに美味しかったのもそのせいだろう。

「生きてるって、しあわせだな」と心の底から思った。

苦しみのあとの一匙の喜び――それこそ、人が“豊か”を感じる瞬間なのだと思う。

「自分の周りの5人を平均すると自分になる」

「自分の周りの5人を平均すると、それが自分になる」

――そんな言葉をどこかで聞いたことがある。 確かに、今の自分を形成しているのは、身近にいる友人たちの影響が大きい。


1)Tさん =器用貧乏、分析大好き、知識を話したがり

2)Mさん =私の地球の歩き方、新しいカルチャーの伝道師、働き方のトリックスター

3)Oさん =営業の天才。危機感と消費力の権化。

4)Iさん =仙人、思想の先生。疑問と課題を与えてくれる存在。

5)Wさん =奉仕の精神を持つギバー。利他心の塊。


Tさんはブレインストーミング習慣とリサーチ習慣を与えてくれて、私の人生を覚醒させてくれた恩人です。他者への言葉が強いが自覚があまりない。

Mさんは旅の楽しさと新たなカルチャーの発見をくれ、私を平凡な人生からトリッキーな人生へと導いた恩人です。気分屋で気まぐれ。

Oさんは圧倒的な営業力で、”君は営業だけでは生きてはいけないよ、甘い。”と身をもって教えてくれた人です。本人は今も昔も気質は変わらずやってるだけと思いますが、圧倒的な「危機感」を私に植え付けてくれた存在です。自分が中心でないと気が済まない。

Iさんは前述した仙人で急に彼の思考の一部が理解できるようになった。今は古い友人で「歩く辞書+思想の先生」です。疑問と課題を与えてくれる存在。

Wさんは曇りなきギバーの人間性であり、利他的な考えで物事を行い、そんな思考はあるのか?と興味の対象。自分の利益を考えない姿に不思議な感覚です。


良くも悪くも、この5人を平均すると「私」になる。確かに、どの要素も自分の中にある。人は付き合う人によって変わるというが、こうして見ると納得だ。

【2023年。死を意識して、生を丁寧に】

私はスピチュアルな体質でもなく、無宗教。霊と呼ばれる存在はあるんだろうが、感じれないモノをいちいち気にしても仕方ないので、全く気にしないです。目に見えるモノ、手に感じるモノの全ては自分の脳で感じているとしたら、人間が感じれているモノはほんの一部なのかもしれないですよね。むしろ、そう考える方が自然で、人間の小さな脳で存在している全てのモノを感じれていると考える方が不自然な気がします。

色々な物質が身体を通り抜けているのかもしれないし、次元が1つ2つ多い場所で存在しているのかもしれないですよね。空間という概念が存在を感じる場所の一部なら、人間が感じる事が出来るのは五感までで、我々以外の物質は必ず存在はしていると思います。


無宗教なので神へのお祈りしないです。死後の世界のことは、死んでから考えればいい。今を生きるのに精一杯なのだから。

ただ、もし「神」と呼ばれる存在がいるとしても、それは人間より性能が少し良いだけの存在ではないかと思っている。私たち人間を見下ろしながら、気まぐれに影響を及ぼす――まるで人間が蟻を眺めるように。

人間なんて、ちっぽけな存在だ。だからこそ、誰かと比べず、今この瞬間を全力で生きる方がいい。「優れる」よりも「異なる」方が、よほど“豊か”だと思うようになった。


「調子に乗れる時は、乗れるだけ乗れ」

日本には「謙虚が美徳」という同調圧力がある。だが、私はそうは思わない。どうせ調子の良い時期なんて長く続かないのだから、全力で楽しんでしまえばいい。転んだら、また立ち上がればいいだけのことだ。

多くの人は「失敗が怖い」「笑われるのが嫌」と言って謙虚を装う。けれどそれは、謙虚ではなく“恐れ”だ。他人を妬み、批判しているうちは、永遠に「成功」は感じられない。

成功とは、自分が満足している状態。だから私は、自分の人生の乱高下を、まるごと楽しみたいと思っている。

実際、去年は「死ぬこと以外はかすり傷」と豪語していたら、本当に死にかけた(笑)。

「人生は太く短くでいい」と言っていたら、どうやら神様が“短く”を本気で取り違えたらしい。 それでも不安はない。自分でどうにもならないことを心配しても無駄だ。むしろ、「燃え尽きるように生きる」方が私には合っている。


豊かさの本質

結局のところ、幸せを感じたいなら――「足るを知る」こと。今の自分を丁寧に見つめ、感謝を忘れず、他者へ思いやりを持つこと。それが、真の“豊かさ”なのだろう。

本厄の年に、なぜか人生でいちばん「豊か」を感じている。もしかしたら、神はこのあと一気に落としてくるのかもしれない。だが、それすらも楽しめる。――「かかってこいや」と笑える自分でいられる今が、何より幸せだ。

 
 
 

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